Bugatti,bugattiを詳しく解説!不朽の名作T35、超高級車T41 Royale、ベストセラー車T57などのクラシック・ブガッティから、ガンディーニデザインのEB110、1000馬力オーバー400km/hマシーンのVeyronなどの新生!ブガッティまでを完全網羅。

ブガッティは、1910年代から1950年代頃まで活動していたフランスのメーカーだった。その創始者であるエットーレ・ブガッティは、一族のほとんどがデザイナーや画家、彫刻家という芸術一家で、その恵まれた環境の下で育った彼は当然のごとく、芸術的な感性や才能も育まれ、若くしてその才能を発揮する。彼は当時時代の最先端を走っていたクルマに、自らの持てる芸術的な感覚をふんだんに盛り込んだ。1909 Type10「美しいものは速い!!」という言葉は彼が残した名言である。この言葉に、彼の心情が凝縮されているといってよいだろう。


1901年に最初の車を完成させたエットーレは、その後もいくつかの試作車を造り、1910年以降のType20頃から量産を開始する。ちなみに彼は、自分が手がけたクルマには一連のシリアル・ナンバーをつけている。“T○○”という呼び名は、彼の制作順になっている。例えば、有名な“T41”Royale ロワイヤルは、1927年に登場するが、それは彼の41番目の「作品」なのである。


その後もエットーレは豪華高性能なツーリングカーやレーシングカーを造り続け、レースではおびただしい数の勝利を収め、大いに輝いていたのだが、Type41 Engine1939年、彼の息子で優秀なエンジニアでもあったジャン・ブガッティが、レースカーのテスト中に事故を起こして死亡してしまう。その後エットーレは急激に輝きを失い、会社のほうも業績が下降線をたどるようになり、遂には1951年にType101を以って世界のクルマ市場から消えてしまうのである。




ちなみに当時、ブガッティの数ある車種の中でもとりわけフォーマル色の強いクルマでは、ボンネット上のラジエーターキャップの上にマスコットを載せるのがステイタスシンボルとしてはやっていたらしい。オーナーはそれぞれ好みのマスコットを載せて個性を競っていた。特に人気があったのはフランス香水瓶メーカーとして有名な「ラリック」社製で、内部に光源を設け特許も取得したガラス製のしゃれたキャップである。


ここでそれにまつわる面白い逸話があるのだが、この「ラリック」のキャップを載せたオーナーが盗難にあうのを恐れるあまり、クルマから離れるたびにキャップを取り外して特製の小箱に入れて持ち歩いていたらしい。


結局、ブガッティは全部で7000台程度しか製造されていないといわれており、その希少性やスタイルの優雅さは群を抜いており、また、GPレースやスポーツカーレースなどでも好成績を収めており、まさに世界最強のクラシックカーといっても過言ではないだろう。

 
 

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